ミシシッピ計画とは?18世紀フランスのバブル崩壊

ヴェルサイユ宮殿 経済

18世紀のフランスでバブルの崩壊による経済危機が発生しました。ミシシッピ会社によって起きたこのバブルは、原因が特定の人物と考えられている点で珍しいバブルです。オランダのチューリップ・バブル、イギリスのサウスシー・バブルとともに世界三大バブルともいわれます。

イギリスでサウスシー・バブルが起きたのと同じ18世紀のフランスで、「ミシシッピ計画」と呼ばれるものによってバブルとその崩壊が引き起こされました。当時のフランスは太陽王ルイ14世の死後で、彼の行った戦争と放漫財政による多額の債務に苦しんでいました。そこに現れたのが、ジョン・ローというスコットランド人と彼がもたらしたミシシッピ計画です。

サウスシー・バブルとは?バブルの語源となった18世紀イギリスの経済危機

ミシシッピ計画とバブルの崩壊

ジョン・ローの大計画

1716年、ジョン・ローは銀行を設立し、銀行券の発行を始めました。この銀行券はフランス政府の債務の引受けに当てられました。この銀行券の価値を保証するための根拠として考えられたのが「ミシシッピ計画」です。ミシシッピ計画とは、ミシシッピ会社に多くの貿易特権を与えて北米のミシシッピ川流域などのフランスの植民地との貿易を行うというものでした。

北米ルイジアナにあるという金鉱の探査が主な目的とされ、この会社にはフランス国民の大きな期待が寄せられました。金鉱の存在は確認されていなかったものの、この会社の株式は爆発的に人気を集め、株を手に入れたい人々が取引に殺到しました。その結果、株価は500リーブルから1万リーブル(20倍)まで跳ね上がりました。株式の売上金でフランス政府の負債が返済されましたが、肝心の金鉱の探査は行われていませんでした。

ミシシッピ計画は頓挫、バブルは崩壊

1720年になると、銀行券の価値に不安を感じる人々が増え始め、銀行券と金の交換を要求する人々が銀行に押し寄せました。銀行券の交換が不可能になるとミシシッピ会社の株価は暴落し、他の多くの物の価値も暴落しました。

こうしてバブルは崩壊し、ジョン・ローは非難や罵詈雑言の標的となり、フランス国外へ逃亡しました。この事件はフランス経済に停滞を招き、フランス国民はその後一世紀にわたり銀行に対して疑惑の目を向けるようになったといわれています。

史上初のバブルであるチューリップ・バブルとは?17世紀のオランダでチューリップが引き起こしたバブル崩壊

タイトルとURLをコピーしました