ヒトの脳

長期記憶と短期記憶の違いと記憶の種類

記憶とひとことで言っても、実は様々な種類があることをご存じですか?短期記憶と長期記憶はどう違うのか、また記憶にはどのようなタイプのものがあるのかをご紹介します。それぞれの記憶を理解することで、記憶する方法を考えなおしたり、なぜ人の脳はなかなか物事を覚えられないのかが分かるようになります。

短期記憶と長期記憶

短期記憶

小さな黒板
短期記憶は数十秒から数分の間だけ保持される記憶で、その時間が過ぎると記憶は消えてしまいます。短期記憶で一度に記憶できる個数はおよそ7個といわれ、誰でも5個から9個しか覚えることができません。そのため、「マジカルナンバー7」として知られています。

短期記憶の例としてしばしば用いられるのが、電話の例です。電話をかけるときに電話番号を見ながら入力しますが、電話がつながるともはやその番号は覚えていません。このように、短期記憶は一時的にしか記憶されません。

しかし、近年では短期記憶の概念を発展させた「ワーキングメモリー」という考え方が注目を集めています。それによると、記憶はワーキングメモリーと長期記憶に分けられます。そして、ワーキングメモリーは4個のスロットがあり、しかもそれらを不明瞭な形で保管するものとされています。現在研究者の間では、「およそ7個の項目やチャンクを保持できる短期記憶」から「4個の情報のチャンクを保持できるワーキングメモリー」という考え方が広く信じられるようになっています。

ここで登場するのが「チャンク」という概念ですが、簡単に言うと情報の断片(ピース)のことです。「チャンク(chunk)」は直訳で「かたまり」を意味します。つまり、ワーキングメモリーは4個の情報のピースを保持できるということです。ちなみに、4個しかスロットがないので、メモを取ることはワーキングメモリーに空きを作るという意味でも有効と考えられます。ワーキングメモリーは、はっきりと見えにくい黒板に例えられることがあります。

長期記憶

図書館
先ほどの電話の例でいうと、長期記憶は覚えてしまった電話番号にあたります。はじめはすぐに忘れてしまっていた電話番号も、繰り返しかけるうちに覚えてしまいます。こうして一度長期記憶が形成されると、数時間から数年、ときには死ぬまで脳に残り続けます。また、印象的な出来事などは記憶に残りやすく、反対に、意味のない数字の羅列などは記憶に残りにくいです。

長期記憶は、保管倉庫に例えられます。長期記憶は脳の異なる領域に保管されています。長期記憶は計り知れないほど巨大で、数十億ものアイテムを入れる空間があります。長期記憶は記憶の種類によっていくつかに分けられています。

長期記憶の種類

陳述記憶

陳述記憶は宣言的記憶ともいわれ、イメージや言葉で思い浮かべることができ、その内容を陳述(話すこと)することができる記憶です。陳述記憶はさらにエピソード記憶と意味記憶の二つに分けられます。

エピソード記憶

何か過去のことを具体的に思い浮かべる場合に思い浮かぶ記憶は、ほとんどの場合エピソード記憶です。言い換えると、自身が体験した出来事、思い出がエピソード記憶です。一般に、記憶として捉えられているものはエピソード記憶です。普通、記憶障害というとエピソード記憶に関して何らかの問題があるケースであることが多いです。

エピソード記憶は、場所や時間、そのときの自分の感覚によって記憶されています。意味記憶と異なり、意識的に思い出せる記憶です。そのため、顕在記憶ともいわれます。エピソード記憶の仕組みができてくるのは3,4歳頃といわれ、そのために私たちは小さい時の記憶がありません。

意味記憶

意味記憶は、いわゆる知識のことです。「江戸幕府を開いたのは徳川家康」「中国の首都は北京」といった、自分の経験とは関係のない記憶です。「中国の首都は北京」ということを思い出すときに、「小学四年生のとき、社会の授業で中国の話になって田中先生が首都は北京だって言っていたなぁ。教室の外は雨が降っていたっけ…。」というような思い出し方をすることはほとんどありません。これは、「中国の首都は北京」ということを繰り返し覚えたため、「いつ・どこで」といった情報は消えて、内容だけが残ったものと考えられています。

エピソード記憶は、時間が経つと状況や感覚などを忘れてしまい、意味記憶になります。反対に、意味記憶は新たな体験によってエピソード記憶になることもあります。また、意味記憶はきっかけがないと思いだせません。テストなどで勉強する知識は意味記憶なので、思い出すためにはきっかけが重要になります。人に教えたことを覚えやすいのは、その出来事によって意味記憶がエピソード記憶に変わることが理由の一つです。

非陳述記憶

非陳述記憶は非宣言的記憶ともいわれ、内容を思い浮かべることができず、言葉でも説明できない記憶です。非陳述記憶も大きく手続き記憶とプライミング記憶の二つに分けられます。

手続き記憶

手続き記憶は、いわゆる体で覚える記憶です。もちろん実際には脳が記憶しているのですが、通常手続き記憶を意識することはないので、記憶として捉えにくいのかもしれません。「自転車に乗る」「泳ぐ」「服を着る」「タイピング」などは、手続き記憶によって意識することなく行われています。

手続き記憶は同じ経験を何度も繰り返すことで形成され、一度記憶されると自動的に機能します。また、最も忘れにくい記憶でもあります。

プライミング記憶

プライミング記憶は他の記憶に比べるとわかりにくい記憶です。プライミングとは、以前の事柄が後の事柄に影響を与えることです。例えば、「リンゴ」「みかん」という単語を見た後に「バナ…」というものを見たらほとんどの人が「バナナ」を思い浮かべるでしょう。これがプライミング効果で、このとき無意識に機能したものがプライミング記憶です。

プライミング記憶は、素早い状況判断などに役立つ一方で、勘違いのもとにもなります。「アメリカンエキスプレス」「アメリカンチェリー」「アメリカンフットボール」「アリメカンコーヒー」のように、同じようなものが並んでいると間違っていても気づかないことがあります。このようなカタカナの読み間違いは、プライミング記憶によるよくある勘違いです。

記憶の階層

記憶の階層

この記憶の階層という考え方は、カナダの心理学者タルビングによって提唱されました。この階層は進化の階層でもあります。高等動物であるほど上位の階層の記憶が発達しています。また、これは人間の成長過程にも当てはまり、下の階層から上に向かって記憶が発達していきます。

反対に、認知症などの記憶障害の場合、上の階層の記憶から失われていきます。発症すると、はじめにエピソード記憶が侵され、自分の行動を忘れる物忘れからはじまり、「朝食を食べた」などの出来事を忘れてしまうようになります。症状が進むと、自分の家族や友人といった意味記憶まで失われていきます。ところが、原始的な記憶である手続き記憶は失われにくく、「服を着る」「箸を使う」「運転をする」といった記憶は残っていることがあります。